変異体?変異株?変異種? – ウイルスの変異に関する用語について | まいくろすこーぷ

ウイルスの変異に関連する用語についての一考察をまとめます

ウイルス学

 2021年12月現在、新型コロナウイルス SARS-CoV-2 の variant である Omicron(PANGO name B.1.1.529)の流行が話題になっています。日本では「オミクロン株」などと呼称している行政機関や報道、情報提供者が多いですが、これは間違いです。用語についてまとめます。

ウイルスの変異

 ウイルスというのは、自分自身の設計図をゲノム情報を、DNA または RNA に書き込んで持っています。新型コロナウイルスの場合には 一本鎖の RNA にその情報をコードしています。情報は、タンパク質や機能性 RNA の設計図や、その発現の調整情報などです。

 ウイルスはヒトなど、感染する対象である宿主の細胞に侵入すると、その機能をのっとって自分のコピーを作ります。その際に、ゲノム情報の乗っている DNA・RNA も複製しますが、その際にそのコピーにエラーが発生します。エラーが発生すると設計図の「文字」である塩基が書き換わることがあり、こういったことなどが、変異と呼ばれる現象につながります。

 変異では、文字の置き換わりだけでなく、文字の脱落や追加、のようなことも起こります。

ウイルスの分類

 ウイルスの分類学においては、1つの種類のウイルスのまとまりの単位は種(Species)というものになります。たとえば、SARS-CoV-2とSARS-CoV を合わせて SARS-rCoV、influenza、EBV…こういったものは「種」となります。新型コロナウイルスは一つの独立した種、なのですね。ここまでの命名は、ICTVという組織が行っています。
 ★ 遠藤彰先生からのご指摘により 上記 SARS-rCoV について訂正しています

分類の「ことば」

 さて、上記のようにウイルスに変異が起こった場合、まずはその変異したウイルスを指す言葉がほしいですよね。それを、英語で variant と呼びます。日本語のウイルス学の分類用語に直すとこれは「変異体」となります。Variant = 変異体 = 変異のあるウイルス(機能の変化は問わない)

 新型コロナウイルスの変異の系統樹は Nextstrain というサイトなどで見られます。

Nextstrain より

 この枝分かれした図は、その先についている一つ一つの点が 変異体(variant)を示しています。変異が起こるたびに枝分かれしますが、大きな変異が起こったところから先が一塊の枝のように見えますね。こういう塊を表現したいときには、clade や lineage という言葉を使います。例えば、この上の図の、水色に近い青い点々の分かれ目のところに、ちょっと読みにくいですが 21A(Delta)とあります。ここから先が、Clade Delta (デルタ系統群)とまとめて認識されるわけです。

 そう、Clade は系統群、lineage は系統 と訳します

 さて、世の中にはたくさん変異体(variant)がでてくることがわかりましたが、これらのうち、大きくウイルスの性質が変わった場合どのように呼称するかを考えてみます。今までは ACE2 というレセプターだけにくっついていたのが他のレセプターにもくっつくようになる、とか、ゲノム情報が20%も変わってしまうとか…。

 そういう、「大きなウイルス学的な変化が生じた variant のことを strain と言います」。

 Strain を日本語に訳すと「株」という言葉になります。なので、もし今後、大きな機能変化のある新型コロナウイルス SARS-CoV-2 の variant(変異体)が出てきたときには、strain(株)として認識される可能性はあるわけです。この辺りはこの記事に詳しいですね。

 2021年12月現在、世界中で新型コロナウイルスの variant (変異体)が報告され、WHO はこれらに重要度などに応じてラベルを付けています注目してほしいのは「Tracking SARS-CoV-2 variants」としていることで、まだ strain に認定されたものはなく、新型コロナウイルス SARS-CoV-2 は未だに 1 strain であるということです。

 このように、大きく機能が変わっていない変異の場合(多少の機能変化は当然ある)、呼称は変異体(variant)なわけですから、今流行拡大が懸念されている Omicron variant はオミクロン変異体と訳すのが正しいですね。

ことばをまとめると

 まとめるとこうなります。

  種(Species)… 独立したウイルスのかたまり(いろいろな strain を含む)
  株(Strain)… 性質・機能の変化した変異体のあつまり
  変異体(Variant)… 変異したウイルスで性質・機能の変化は問わない。

  系統群(Clade)・系統(Lineage)…ある変異体を起点とする子孫関係にある塊

 また、人類遺伝学会等の用語では variant を多様体、mutant を変異体などとしていたりしますが、ウイルス学の用語ではまだ使われていないと認識しています。

 さらに豆知識ですが、ある場所やあるヒトなどから採取されたウイルスに名前を付ける場合に、isolate(分離株)という言葉を使うことがあります。ただしこれは分類学の用語ではなく、実務上使われる言葉になります(例えばインフルエンザのPR8株とかビクトリア株など)です。
 また、型(type)という用語も混在していることがありますが、これは便宜上種より小さいけれど明らかに違うものをまとめておく場合(インフルエンザのA型・B型など)や血清型というもの(デングウイルスなどで有名)の場合に用いられます。ちなみにB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスなどの「型」は、種が違いますので注意。

なぜ間違いがひろがっているのか

 ところが、多くの行政機関や報道、情報発信者が「オミクロン」を連呼しています。なぜでしょうか。その一因は明らかに日本感染症学会という一般社団法人のだしたこの声明です。
 この中で、「変異“種”という表現が一部報道機関で統一して用いられているようですが、これは学術的には誤用となりますので、今後は変異“株”と正しく表記していただきたく」と、間違いを犯しているのです。学術的は変異”体” であって、完全な間違いです
 この声明がでたときに即座に抗議しました。学術的に間違いですので。そうしたところ、最後に「※外部専門家からのご指摘を受けて検討した結果、変異ウイルスも許容範囲といたします。(2021年1月29日)」として対応されましたが、この対応も間違いです。なぜなら間違いを正さずごまかしているだけだからです。学術団体として情けない集団であると思いますが、早く訂正していただきたいですね。

変異体、とするか、ラベルを呼び捨てよう

 というわけで、オミクロン変異体については(もちろんデルタ変異体なども同じ)間違った用語であまりに報道や情報がひろがっています。国立感染症研究所でさえ、間違っており、たまに CDC も間違って strain を使っています(先祖株である ancestral strain は正しいのですが)。

 オミクロン変異体、というか、オミクロン、とよんでしまえばよいのです。間違った訳語・概念の「株」をなぜつけるのでしょうか。立ち止まって考えてみていただきたいと思います。

 上記感染症学会の声明の最後の一文を皮肉で引用します。 「国民の科学リテラシーを正しく引き上げるためにも、正しく用語を用いていただければと存じます」

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